大正琴は、日本初の海を渡って普及した楽器です。
戦前にアジア各国に輸出された大正琴は、その地方の民族楽器として定着しました。これら大正琴派生楽器「大正琴ファミリー」についてご紹介します。そして、なぜ大正琴が世界各地に定着したのかを考察します。
<中国>
中国の大正琴は「凤凰琴」などとも呼ばれます。カラフルな絵柄が特徴的です。
中国ではYouTubeが規制されているので、こちらは台湾での演奏かもしれませんが「凤凰琴」の演奏動画を貼っておきます。
日本のオークションサイトでも、このタイプの「凤凰琴」が出品されていました。

こちらは現代のエレキ大正琴ですが、エキゾチックな新疆民謡で、弦の弾き分けがされています。
こちらはウイグルの楽器と化した大正琴。カシュガル地区ペイズィワト県での演奏です。
<台湾>
台湾の大正琴は「中山琴」などとも呼ばれます。
丁銤鈜樂師の演奏
台湾では、古い大正琴と現代日本の大正琴が混在しているようです。
中国(台湾)の演奏では、リズム打ちが多用される特徴があります。
「美しき天然」(「天然の美」)
「北国の春」
ひざの上に乗せて弾く演奏スタイルもよく見られます。(⇒演奏の姿勢、見せ方)
<モンゴル>
内モンゴルのオルドス地方では日本の大正琴が「大琴」と呼ばれ、楽器自体はそのままで、演奏方法がモンゴル音楽に合わせて進化しているそうです。
近年は、琴源先生による「大正琴を世界に拡げよう運動」によっても、日本の大正琴が定着しつつあります。
<タイ>
タイでも大正琴(ไทโชโกโตะ)が弾かれているようです。タイでは、デパートの楽器コーナーに伝統楽器と肩を並べているそうです(金子敦子(1994)「大正琴の世界」)。
3弦大正琴の演奏
抱えて演奏するスタイル(⇒演奏の姿勢、見せ方)
<インドネシア>
インドネシアへの大正琴の伝播については、日本の研究者が研究しています。
バリ島の大正琴は「プンティン」などと呼ばれます。2009年に田中多佳子先生らの調査によって明らかにされました。
プンティンは民族楽器として、すっかり地元の音楽に根付いていて、古典(klasik)と称されています。日本でも大正琴を「伝統楽器」と称する人がいのに似ています。
2023年の梅田英春先生の報告によると、インドネシアのプンティンは現地の人々には日本由来の楽器とは思われておらず、「カランガッスム王朝と中国の歴史的交流の中で伝播した」と説明されているそうです。
西スマトラ州ミナンカバウの大正琴。こちらはバリ島のプンティンとは別系統と思われます。
また、現代日本の大正琴を楽しむインドネシアの人々もいるようです。
ライリッシュハープでYOASOBIの「もう少しだけ」
<インド>
インドの大正琴は「ブルブルタラング」(bulbul tarang /बुलबुल तरंग)「(インディアン)バンジョー」(Indian banjo)などと呼ばれます。
インドの初期ブルブルタラング
1954年の映画Naginのヒットで大正琴の人気が高まったようです。
Naginのオリジナルサウンドトラックでは、”Oonchi Oonchi Duniya Ki Deewaren”という曲に大正琴らしい弦楽器が使われているようにも聞こえますが、現在よく演奏される”Man Dole Mera Tan Dole”もしくは”Nagin Been”には使われていないように聞こえます。

Wikipediaによると、「Man Dole Mera Tan Dole」クラビオリン(電子楽器)とハーモニウム(小型のオルガン)によって演奏されたとあり、大正琴は使用されていなかったと分かります。

Man Dole Mera Tan Doleをピアノ式鍵盤の大正琴で演奏
数字譜はコチラ
現在のインド大正琴で代表的なのが、共鳴弦を無数に張ったタイプです。
こちらは、バンジョーの歴史について手掛かりとなる動画ですが、何をしゃべっているのかよく分かりません。
次の演奏動画の背景には、1912年に大正琴が生まれ、1948年にはミズーリ・バジャ(シャヒ・バジャ)、1958年にスール・サジ・タラン(ケダル・バンジョー)が生まれたというような文字が見えます。シャヒ・バジャは共鳴弦を無数に張ったタイプの所で紹介した動画に出てきます。スール・サジ・タランは次に紹介するキショー・ナンドスカル氏が弾いているスラサージ・タランを指しているものと思います。
インドの大正琴は、高度にエレキ化されて独特の音色に進化しました。
キショー・ナンドスカル(Kishor Nandoskar)氏の奏法は、高感度エレキだからこそできるミーンド奏法を応用した演奏です。彼はこれをスワラシュリー(Swarashree)と名付けました。ちなみに、この演奏で使われているのは、ダランパル・ケダル(dharmpal kedar)製のスラサージ・タラン(Sursaj tarang)です。
小指にはめたスライドバー、ピック、スティックの3つを駆使した演奏。
大正琴を手作りする方法や自家製の大正琴の動画も多くあります。
ホームメイド・バンジョー(手作り大正琴)
“Banjo”という曲では、ラップのミュージックビデオに大正琴が登場します。
<パキスタン>
パキスタンの大正琴は「ベンジュ」(bainju/ بینجو)と呼ばれます。
大正琴を弾くパキスタンの少年
ベンジュの達人ヌール・バフシ(Ustad Noor Bakhsh)さんの演奏
ヌール・バフシさんのデビューソロ・アルバム

<ケニア>
ケニアの大正琴はタシュコタ(tashkota)と呼ばれます。
『モンバサのターラブ黄金時代』によると、タシュコタはタンザニアにもあり、東アフリカ一帯のポピュラー音楽であるタアラブの主要な楽器の一つとして数えられるそうです。
タシュコタを含む演奏
<ブラジル>
移民とともに大正琴が広まった国がブラジルです。ブラジルでは、日系人の人たちに大正琴が受け継がれているそうです。
大正琴が受け入れられたワケ
大正琴が現地で民族楽器として定着した背景には次のような理由が考えられます。
①和声(コード)の知識が要らない
②演奏が割とカンタン
③現地の音楽にカスタマイズして作れる
大正琴は、土着の音楽に取り入れやすい楽器だったと言えます。
①②は、西洋音楽の知識や経験がなくても、誰でも弾ける。「簡単」は世界的に普及する上で大事な要素です。
③は平均律の音階ではなく、現地の音階が出せるように変化したプンティンやベンジュがその好例ですね。
メロディー中心のアジア音楽
大正琴はアジアに輸出されたからアジアに広まったというのは当然なようですが、大正琴はアジアの音楽と相性が良かったのではないかと考えられます。
大雑把にいうと、ヨーロッパはハーモニー中心、アフリカはリズム中心、アジアはメロディー中心の音楽文化です。メロディー楽器である大正琴は、メロディーがメインのアジア音楽に溶け込みやすかったのかも知れません。
大正琴とともに日本の曲が広まった説
大正琴の伝播にともなって、日本の曲も伝わったという説があります。たしかに、輸出用の大正琴に付属した楽譜には日本の曲も掲載されていて、これが日本音楽が定着する基礎となった可能性はあります。
次のポストは、楽器と曲の伝播にタイムラグがあるという指摘もありますが、仮説としては面白いです。
まとめ
大正琴は世界各地で民族楽器として定着しました。それは、大正琴の魅力が世界共通のものであることを示しています。戦前に輸出された大正琴の子孫たちが世界で弾かれていると思うと、楽しいですね。いつか「大正琴ファミリー」の共演ができたら面白そうです♫


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